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静岡の景色(実験)

Blue & Green
静岡茶関連の動画:実験的に掲載
2022年、島田市牧之原台地(初倉地区)へ移住。【慶応以前は原生林だった牧之原台地】
牧之原地域における茶園開発が始まったのは明治 以降のこと。それ以前は古代に堆積した礫土によって、 地元の農民も寄り付かない原生林であったと言われている。温暖な気候と緩やかな地形を持つ、茶の栽培にとっては恵まれた環境にありながら、台地の宿命というべく水利に恵まれ ず、かんがい用水はもちろん飲み水にも事欠く状況の中、牧之原台地の開拓が進められた。慶応3年(1867年)、15代将軍・徳川慶喜は大政奉還により駿府(今の静岡市)に隠居。護衛のために同行した家臣(後の新番組)は、徳川家 が版籍奉還により藩知事になると、その任務を解かれ職を失なう。明治2年(1869年)、中條景昭(ちゅうじょうかげあき)を隊長とした約 300人の士族が、新たな就業の場として、荒れ野原だった牧之原台地での 茶畑の開墾を決断する。これが後に日本一の茶園地となる牧之原地域の本格的な開拓のはじまり。2025年茶産業には様々な課題がある。現代の知恵と科学、静岡の開発力と創造力があれば必ず持続可能な次世代茶業が実現できると確信している。
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